おとなの学校
特別対談

生涯青春

第1回目

日本最高齢の大道芸人

恋塚隆秀さん

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株式会社おとなの学校 代表

大浦けいこ

81歳になった現在でも、東海を中心に現役の大道芸人として活躍する恋塚さん。
夢を生涯諦めない。一生を笑いとともに生きる。
そんな姿に感銘を受けたおとなの学校の代表・大浦けいこが「生涯青春」をテーマに恋塚さんと対談した。

恋塚隆秀さん (81)*ご年齢は対談当時のもの

日本最高齢の大道芸人。芸名は「こいこい」。
一度は諦めた若いときの夢を、会社定年後から叶え大道芸人になる。
60代からはプロとして、東海3県を年100回公演して回った。
81歳になる現在は、ボランティアで介護施設の高齢者などを中心に人々を笑顔にしている。

なぜ大道芸人になろうと思ったか?

けいこ:

それでは恋塚さん、なぜ大道芸人になろうと思われたんですか?

恋塚さん:

私若いときから、お笑い芸人をめざしとったんですよ。それで学校に、漫才学校に行きまして、卒業したら吉本に入るようになっとったんですけども、親に泣かれて泣かれて、そういう関係で夢を諦めて、当時勤めていた会社で大阪から名古屋の方に転勤しまして、そしてまぁ家も建てまして、子供も大きくなりましたので、よし、夢をもう一度ということで。大勢の前で自分の演技を見せる、これはやっぱし大道芸しかないと。
それで私、会社を定年になってから家でコツコツとまずローラーのりを一生懸命練習しまして。

けいこ:

ローラーのり!

恋塚さん:

はい。

けいこ:

60歳から!

恋塚さん:

はい、60歳から。

けいこ:

あ、危なくないですか?

恋塚さん:

いやいや、そんなことないですよ。

けいこ:

そうですか。

恋塚さん:

62か3歳くらいのときに、「もう〜こいこいさん、プロでやろや」と。「俺がいろいろ連れていくわ」と、二回り下の人に言われて部下みたいになって。それがスタートで、13〜4年プロとしてあっちこち東海3県、いろいろ年100回くらいやりました。
60歳からは給料の安いパートをやりながら、土日はもうずっと続いてやっていました。

これからの夢は?

恋塚さん:

大道芸は、家内が認知症になり、もう僕がおらなきゃダメだというまでやりました。本当はもっとやりたかったんですけど、はい。とりあえず、プロとしてですね。

けいこ:

プロとしてねぇ!

恋塚さん:

その後は、非常に落ち込みまして、大道芸を辞めたんです。それで、道具を全部倉庫の中にしまったんですけど、まぁ80歳の手前で、もう1回今度はボランティアでやろうと大道芸を再開しました。
いままでは子供たちに夢をということで、60歳からは保育園とか幼稚園とかそういうとこに行って芸をしていましたが、今度80歳からは僕とおんなじような年代の人にみてもらおうと。じぃーっとなかなか笑わないそういう人をなんとか笑かしてやろうということで、このケンちゃんと一緒に。

けいこ:

う〜ん!ケンちゃん!

恋塚さん:

ええ、ケンちゃんは、よくみなさん笑っていただけますんで、ケンちゃんと風船とこのジャグリングで。

けいこ:

はぁ〜〜〜!

恋塚さん:

だから僕は若いときの夢をずっと60歳からずっと未だに持ち続けているんです。あと100歳くらいまではやりたいなと、本音です、これは。

けいこ:

すごい!

面白がることが若さのヒント

恋塚さん:

今は背中が曲がったらダメだと思って、意識して週5回はポールウォーキングをしてます。
とにかく長生きしようと思ったら何かしなきゃいけないもので。
今、髪を伸ばしているのも年寄りで髪伸ばしてる人いないな、と思って「伸ばしたろ」と思ったんです。80歳になったときに何をしようか考えたら、人と変わったことをしたいなと思ったんです。80歳からはまた100歳まで生きるためのスタートだと思って、大道芸以外にもまたいろいろ挑戦したいなと思っています。
70前後になると、「歳や歳や」いう人がいますけど、僕はそんな風に思ったことは全くなかったですね。

けいこ:

自分で歳をとるな、と。

恋塚さん:

そうです、それを自慢にしてるから余計によくない。僕は80歳まで歳だなんて考えたことがなかった(笑)。ちょっと足が痛くなって初めて歳を意識して、ちょっと体を労らないとなと。無理しすぎないように体を鍛えながら、僕は85歳くらいになったら陸上のマスターズにでも出たいと思ってるんですよ。

けいこ:

いや、私たちは「生涯青春」って言っていますけど、本当に「生涯青春」を地でいかれているんだなというのが、つくづく染み渡りました。
今日はどうもありがとうございました。

恋塚さん:

ありがとうございました。

恋塚隆秀さんの
生涯青春の軌跡

学生時代の恋塚さん。
家が貧しく、中学卒業後は定時制高校に行きながら働き始めた。

21歳頃の恋塚さん。
大手鉄鋼メーカー在職中、会社開催の運動会にて。
この頃からずっと人を笑わせることが好きだった。

24歳頃の仕事中の恋塚さん。
夢を諦められず一度退職願を出すも、上司から引き止められた。

52歳頃。会社員時代、休日を利用して長野県で行われた人形フェスティバルに出演。
初めての腹話術の大舞台で好評を博し、自信を得た。

会社定年後、大道芸のプロとして東海3県を回っていた頃。
5段のローラーのりも難なくこなした。

おとなの学校の教科書を見て

けいこ:

教科書を見てもらうと、写真がいっぱいあると思うんですけど、たくさん、思い出を思い出してもらうためにあるんですね。もう一つ先生用の教材も用意していて、同じページに答えや小ネタなどが載ってるんです。

恋塚さん:

はぁ、すごいですね。

けいこ:

この教材を使って、昔を思い出しながらみんなで楽しくおしゃべりをしていくと、脳をどんどん活性化していくんですね。それで認知症の予防や重症化を防ぐこと役立つんです。

恋塚さん:

いや〜本当にこれいいなぁと思いますよ。
10年くらい前に知っていればよかったなと。家内に使ってあげたかったです。

けいこ:

大丈夫、まだまだできますよ〜。

恋塚さん:

うちの家内は5〜6年前から要介護4で字も読めないし、書けないですよ。

けいこ:

できます、大丈夫。そんな方々たくさんいらっしゃいます。
介護認定4で字も読めなくて、徘徊がひどくて、大体よく警察にお世話になっていた方がいらしたんですね。そしたら、その方、教科書になんと正解をかけたんですよ。介護認定4ですよ。でもちゃんと正解が書けるんです。
私たちは、本当に奇跡のようなことをいっぱい見ているので、そんな方でも本当に本当にコレできるんですよ。

恋塚さん:

え〜〜〜!
…じゃあ、やってみようかね、家内に。

けいこ:

これ、やっている先生役の方も脳が活性化されますんで。

恋塚さん:

これは、しそうですね。

けいこ:

がちっとした勉強じゃないので、お互いに楽しみながらできると思いますよ。

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